レコード水越写真館



 1950年から1970年くらいのアメリカのモダンジャズのアルバムを聴こうと思ったとする。

イントロ。
かっこいい。
ハーモニーも旋律もリズムもビシっときまってる。
ジャズっていいな
と素直に思える。

譜面通りのイントロ(テーマ)が終わり
管楽器やピアノやベース・ドラム等のソロ回しの時間になると
なんとも退屈な雰囲気が続いて、次の曲に飛ばそうと思う。
さあソロ合戦を聴くべし
という時間が苦痛なのだ。
曲を変えたとて結局どの曲も同じ構成で
6年くらいそのアルバムは再生しなくなる。

6年が経ち、楽しんで聴けるかどうかまたチャレンジしてみる。
でも同じ。
どうしてもソロ回しの時間が音楽的に不毛に感じられてしまう。
その時代にその場で生で聴いているならエキサイティングかもしれない。
又はアナログレコードで
極上のスピーカーシステムで
爆音リスニングすれば感動するかもしれない。

でもそうではないから。 

もし
全てのバッキング部が
もっと音楽的にアレンジされているか
アレンジされたかのようなバッキングだったりで
器として面白い形をしていたら
ソロ演奏者の演奏の粋さや上手さを
素直に堪能できるだろうと思う。

こう弾いときゃいいでしょ的なウォーキングベースのラインが
その曲ならではの個性を消す役割があるかのように感じて
未来の音楽ファンの私にはつまらない。 

伴奏がつまらなくても
例えば2管で同じ線や違う線で旋律が絡まるのなら
その様子そのものが
音が重なる楽しさの本質に近いから充分に
エキサイティングだ
しかし所謂"モロジャズ"では基本一人ずつソロはまわされる。 
そういう形式でない録音を知らないだけかもしれないし
ちゃんと聴けてないだけかもしれないが
そこを売りにしてたようなものは少数だといっていいと思う。

そんな調子でジャズに分不相応なPOP性を求めると
聴けるものは限られてきてしまう。
そういう風に聴くべきものではないみたい。 


私がジャズの偉人であるセロニアス・モンクの音楽を聴き始めたのは
19歳の頃。
住んでいたアパートの近所の図書館で
たまたまThe London Collectionというアルバムをかりた。
そのアルバムが気に入って一つの季節中
The London Collectionを録音したテープをよく聴いた。
全然飽きなかった。

その後、沢山のジャズアルバムをかりたり買ったりして聴こうとしたが
若いうちからちゃんと本心から気に入ってのめりこめたのは
モンクとローランド・カークとダラー・ブランド(アブドゥラ・イブラヒム)くらい。
その3人の音楽の存在感は
ジャズというよりもポピュラーミュージックに近接している。
口笛で吹きたくなる人懐っこいメロディ。
ジャズの中でも彼らの音楽しか好んでない場合
ジャズが好きとはちょっと言い難いものがある。


1971年作
The London Collectionはモンクのアルバムキャリアの中では最後のスタジオ録音
今日(2016年1月8日)は久しぶりに
YouTubeでではあるけど
The London Collectionをずっと流してた。
25年前と変わらず飽きない。
このまま春までエンドレスリピートでもいいかもしれないくらい。
なぜだろうか。
モンクのアルバムでも他のアルバムなら何度もリピートしたいとは思わない。
同じピアノソロのアルバム
セロニアス・ヒムセルフや
アローン・イン・サンフランシスコや
ソロ・モンクとは
なにかがちがう。 

・スイング感や即興フレーズが希薄
・テンポが湯にのぼせてるかのようにのんびり
・スタジオの部屋鳴りの反響具合がキラキラしていて他の録音にはないステレオ感

という要素がある
から延々聴けるのか?

スピード感に欠け
インプロの飛躍の面白みが薄いからイイ だなんて
まるで 
ジャズ的じゃないから好き 
って言ってるも同然だ。

そうなのかもしれない。

インプロに興味がないことを恥じるのはナンセンスだ。
ジャズだから高度と捉えることもナンセンス。
摂取したいのは純度の高いメロディやハーモニーやリズム
そして自由なフィーリング。
インプロヴィゼーションは自由の象徴なようでいて
実際は閃きとはほど遠く
不自由感を感じることの方が多い。
聴きたくないなら無理に聴くこともない。 


ジャズという括りなんて意味もなくなるくらいの
ジャズコンポーザーとしてのプライドとは無縁の
さりげなく誰かが鼻歌で唄ってるフォークミュージック
くらいな温度な演奏のこの録音を
私はただただ心地よく聴いている。

まちがえてるところもわかる。
迷いを感じてるのかなって箇所もある。
その等身大の空気がとても落ち着く。
気まま万歳。

ジャズだろうが
ジャズでなかろうが
ジャズ的だろうが
ジャズ的でなかろうが
音楽を心底心地よく感じられることそのものが
至福なように感じる。



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そして
そんなジャズなのかなんなのかわからないような音楽の作り手・鳴らし手の主であるモンクが
1940年代のジャズのビーバップ革命の中心人物の1人として認知もされ
20世紀のジャズ界の誰よりも独特な曲を沢山産み
それがしっかりと歴史にも刻まれ
正統に評価されていることの奇跡がまた味わい深いのだが
レコードの音はあくまでその事実とは無関係に
のほほんとした軽い響きであること

それがたまらなく素敵だ。


 




 

『1995』の販売が始まり、無事注文分を全て発送し終え、徐々に感想メールが届いてきてます。
一つ、許可を得て紹介します。

”  届きました。涼しげな猫文字のジャケ。

帰宅して、開封し、今再生しているところです。

いや、いいですね!大好きです。
カセットMTRの音、太くて最高です。
となれば、音割れ、バックの「サー」ノイズ、万々歳というか。
サウンドはやはり、、体裁よりも満足度。ですよね。

短い曲も、生命力あふれる感じで、有機物という感じです。
情報感 <<< 物質感ですね。

音楽の一つの側面、
時系列(ヨコ軸)に沿って進む情報とか、曲展開、とかいう(考えすぎると多分つまらなくなる)概念を感じさせない
(時間の流れを感じさせない)
モノを「どん」と目の前に置かれて、なんじゃこりゃと形や質感を楽しみ、次の曲という。

個人的に音楽は、手に取れそうで手に取れない「モノ」というのが一つの理想なので、僕は特に楽しいのかもしれません。

90年代の事に絡めると、、
僕はBECKの、『STEREOPATHETIC SOULMANURE』というアルバムが好きだったんですが、
小品の「可能性の塊」感、臨場感、質感、カットアップ感、説明無し感。。それも思い出しました。

そして、元気になる音楽だと思いました。生命力と喜びに満ちているせいか。
夏の暑さとともに暮らすのにぴったりの熱いサウンドと思いました。 ”


嬉しい感想です。

『1995』のダイジェストをsoundcloudにアップしました。
https://soundcloud.com/recordmizukoshi/suppa-micro-pamchopp-1995-short-digest 

数日ぶりに『1995』を客観的に聴いてみたら、このアルバムはムーンドッグっぽいな と思いました。
ムーンドッグの音楽は、幼い頃最初に接していたというネイティブアメリカンの素朴で美しいメロディと、ポピュラーではないパーカッションリズム、都会の雑音、バッハ、20世紀初頭の管弦ジャズ等が自由な混ざり方をします。
ある曲ではニューヨークの喧噪環境音に犬の鳴き声、そしてムーンドッグオリジナル手作りパーカッション「トリンバ」のリズムとオリジナルハープの音(打楽器的なサウンドがする)だけがただ鳴っているだけだったり。
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 トリンバ
ある曲ではピアノでさりげなく印象的な可愛らしい旋律が即興的に弾かれ。
ある曲ではしっかりアレンジしてビッグバンドに演奏され。
ムーンドッグの初期のアルバムはジャズの名レーベルprestigeから発売されるには不定形にして自由すぎる内容。
どんなマイクで録音されたのかはわからないけど、非常にざわざわした路上サウンドです。
その感じが私の1995年の状況とどこか近いムードがあります。

1995年は私が音楽を25歳にして始めた年です。
結婚して子供が生まれて音楽を辞める人の反対で、結婚して子供が生まれて、やりたいことはやっておかねばと楽器はなにもできないけど始めました。
道ばたで拾ったエレキギターと赤ちゃん用最安おもちゃキーボードとハーモニカを結構活用してます。
今でもそうですが、楽器はなんでもよかった。いじったことないものでもそこにあるモノで。
楽器がなけりゃ楽器じゃないものを楽器にする。
本物でも偽物でも。オモチャにこだわりや愛着があるわけでもなく。

私は音が悪いのは嫌だけど、クリアな音っていうのもあまり好きではなく、カセットに自分の発した何らかの音を録ると、全くほんとの音じゃなく変質するその変化の楽しさそのものに熱中した面がある。
エフェクトがあるなら沢山試して一番グッとくる変化を求めた。
エフェクターは今でも1個も持ってません。マシンに内蔵されたエフェクトで遊ぶのは96年にハードディスクレコーダーVS-880を買ってから。
エフェクターがなくても色々自分で自然エフェクトを作り出すことは95年以前からテレコでの簡易フィールドレコーディングコラージュで遊んでて、得意だった。93〜94年頃。
バケツやふとんや電池や陶器、移動や連続一時停止や振動や風や落下や回転や角度や部屋のサイズ変更や手かざし.... たかが安物のテレコの環境音録音でもやれることは色々ある。

ムーンドッグの場合は録音されたサウンドよりも実際の路上でのリアルなサウンドが全てであっただろうと思うので、レコードに収録された音の質感混みで愛着を持つ私の録音物への感覚とは、存在の意味合いは違うわけですが、それでもなにか親和性を感じます。
なので、ムーンドッグファンの方にはぜひゲットして欲しいです。
そう言われて わかりました とメールをくれる方はいないような気もしますが、
一応言っておきます。  


『1995』の単独注文での送料無料サービスは終わりましたが、『わたしはオルガン』とのセット注文の方への送料無料サービスを始めます。


8/7金曜日まで。 オルガン1995セット割 ¥3995 
 正規1995
正規1995裏


              +

オルガン裏表
  わたしはオルガン

order: suppasuppa@gmail.com
 

suppa micro pamchopp のレコード水越からのCDアルバム第三弾が完成しました。
印刷物が届く7/31から販売を開始します。
予約

1. akari

2. krêt-à-porter 

3. feedback from the B-side

4. my india mystery

5. cassette tape piano

6. zupapapi

7. my connecticut

8. departures with people who carry a chair

9. jingle okinawa

10. ordinarily

11. beautiful navigator

12. to that extent

13. japan style

14. february 6

15. story of rain

16. paradise

17. omezame

18. pokopoko

19. upbeat truck

20. a-a-a-a-a-a-

21. opera

22. curtain auditors

23. loneliness suneo

24. human powered music box

25. flying

26. night of wall clock

27. ahoaho march

28. dabadaba happy

29. everybeat

30. lonely lou 

31. somehow

32. hamonica

 

かねてから音源化の要望が多かった私のLo-Fi時代の傑作選。
全32曲が1995年生まれの二十歳です。
発売予定日7/31までに先行入金予約していただける方には送料分をサービスカットします。
値段は1995円。アルバムタイトルも『1995』です。
読み方はお任せします。
ナインティーンナインティファイブでもいちきゅうきゅうごーでも。

ジャケットの画像は印刷物が届いてから撮ります。
印刷は今回もレトロ印刷JAM。"厚冨士わら紙"という特殊な厚紙を使いました。
仕上がりは手にしてみないとわかりません^^

あてずっぽうに急いでデザインしたのでとんちんかんな出来になるかもしれませんが、
それはそれで作品に合いそうで楽しみです。


いつから音楽をやっているのか訊ねられると今まで
「子供が生まれた日の夜に泊まらせてもらった奥さんの実家にあったピアノを記念に弾いた時に自分の旋律に感動したのをきっかけに自分に音楽家宣言した」
という風によく答えています(その時のピアノは「1995」5曲目)。
これは気持ち的には事実なのですが、その数ヶ月前からカセットレコーダーで簡単な曲を作るマイブームに火はついていました。
娘が生まれたのは1995年の2月6日。
翌日に病院で生まれたばかりの娘にテレコですでに作っていた曲の中のお気に入り曲(「1995」14曲目)を聴かせた覚えがあります。
実際のはじめて録音した曲っていうのも気に入ってるんですがそれは1994年作で、
タイトルを1995にしたから今回入れてません。
今回収録しなかった曲にもかっこ悪すぎて逆に気に入ってるようなアホな曲はまだまだあるんですが、
流れ重視で選曲から外れたりしてます。
アホな歌である16曲目27曲目28曲目なども収まるまでは何度も何度も選曲や曲順を入れ替えました。

本来は、365日を西暦の一年という括りでまとめて
特別な年だったとか不作だったとかいうことには意味を感じません。
95年と94年を分けるのは違和感があります。お正月になったから前年に買ったアルバムを急に聴かなくなる なんてことはないわけですから。
1994年は、竹村延和の1st「チャイルズビュー」とA.C.ジョビンのラストアルバムやジョアン・ドナートの新譜が出た年です。
私は94年に結婚し、毎日働くようになり、妻は妊娠し、胎教という意味合いもあって今まで好んで聴いてきたエキセントリックなロックから、家ではブラジル音楽のような優しい音楽を聴く方向にシフトチェンジしました(同時に未開拓ジャンルのテクノにいいものがある気がしてバカスカテクノCDを買いまくっては失敗する日々でもありました)。
そういう、ロックな気分である必要がなくなってきたことが私を曲を作る方向に向かわせたことは大きかったのかな、と今思います。
音楽をやる=ロックをやる かっこよくなきゃ...という頭から音楽することを避けてきたような気がする。
実際作ってみると、どんなメロディでも二つの線が絡み合うということだけで充分音楽は満ちるものだとわかって、それからやみつきになりました。
ど迫力なバンドサウンドじゃなくても、
高価な機材が必要なテクノサウンドじゃなくても、
クリアでテクニカルなアコースティックサウンドじゃなくても全然楽しいんです。
幸い、時代もLo-Fiやコラージュな音楽でもなんとなく注目されはじめた頃でもあって、
カセットMTRのサウンドになんら引け目も感じずとにかく熱中して作ってました。
カセットMTRを買ったのは95年の夏くらいだったと思います。
丁度20年前です。
たかが4チャンネル。されど4チャンネル。大興奮しました。
音をゆっくり1人で重ねていける ということは感動的なことです。
弾けない拾ったエレキギターでなんやかんやヘタクソなまんまなんでもいいから形にしました。
旋律の、ダサいカッコイイ等は構わずとにかくこんなだったらできるということを片っ端から録音した。
本当になんてことない曲になっても憎めないというかなにをやっても愛せてしまう不思議。
YAMAHAのVSS-30を友達が貸してくれてたのはそのちょっと後。
内蔵マイクにサンプリングした音を元音にしていじり、その音色で鍵盤演奏する楽しさは尋常ではない。
プリセットされた音色以外の面白い音を直感と偶然性を頼りに作り出せること。
楽しくないわけがない。
新しい道具を手にした興奮が目一杯『1995』には詰まってます。

96年にはRolandのハードディスクレコーダーVS-880とSONYのポータブルDATレコーダーを買ってからは曲も更に飛躍して、それからの曲はChildisc時代のアルバムに網羅されてます。
それ以前のテレコとMTRの曲はミックスアウト先のマスターは普通のカセットテープで、多くは紛失。
残ってるものも、ヘッドが良好なカセットデッキが無いため再度のPCとりこみができない。
いつしかMDにダビングしたものを更にパソコンに入れたひ孫音源をそのまま使ってる曲もある。
少しでも改良したくて、MDの孫マスターから新たにオーディオ-IF経由でLogicに入れていじってみたものの、なぜだか今パソコンに入ってる劣化版に音の迫力で負けてしまう。
結局聴感上の良さを根拠にそれはそのままひ孫のまま収録した。
大半の曲は録音して20年たった今月、押し入れの奥で眠っていたMTRを取り出し、
新たにミックスダウンして、それらに関しては確実に聴きやすい音質にできたと思います。
嬉しい!
そもそも親しい何人かの友人にしか聴かせたことのない曲ばかりだからこれはリマスターとは言わない。
20年間かけて、この並びで、このサウンドで、蘇るべくして蘇った、懐かしき、
ピュアでフレッシュな古いけど最新の音楽 です。
「わたしはオルガン」を聴いてくれている人が聴いたら
最初からずっと"わたしはオルガン"だったんですね〜 って言うかもしれません。
モチベーションはなにも変わってない。
録音ボタンを押す頻度は弱まったけれど。

作り手ににとっては初心を思い返す意味でも必聴ですし、
流行を追いかけてるうちに音楽が好きでなくなってきたかもしれない方や、
純度の高い音楽を探してる音楽ファンも必聴です。
1995年について考えたい人にも。
1995年生まれの人にも。どなたにも。

猫予約



ご入金は みずほ銀行 阿佐ヶ谷支店1503149 (ミズコシタカシ) まで
ご注文は suppasuppa@gmail.com まで

1曲、シングルカット的にsoundcloudにアップしました。購入判断の目安に聴いてみてください。






 

今、世界的に、デジタル音源を購入する場所として最もポピュラーな
ポータルサイトといえば、bandcampとiTunesストアでしょう。
しかし、bandcampで無料設定のもの以外買ったことない人の、
有料音源を買わない理由としては、
 クレジットカードを持っていない
 paypalとやらの登録が難しそう or まどろっこしい ・・・
のどちらかかと思います。

クレジットカードを持ってない人は早いところ作っておくべきだと思うし、
クレジットカードを持っているのにpaypal登録を未だしていないのなら、
めんどくさくても
paypal登録をちょっと踏み込んでしておくと
買物の幅が一気にワールドワイドになります。
paypalがレート変換を代行してくれるので、
どこの国の商品も気軽に買えるようになるわけです。

すごくいい音源をbandcampで無料、
もしくは投げ銭自由価格設定で提供してるアーティストに
無料でお世話になったら、
別の作品に投げ銭したりちゃんと買ったりとかして
応援したいですよね。
音楽家は金銭的報酬がなければ音楽家とは名のれなくなりますから。
ボランティアマンってことになっちゃいます。


確かに音楽なんてお金使わなくとも
いくらでも無料で聴けちゃう状況や感覚が今は一般的といえばそうだけど、
感動や慰めや興奮を与えてくれた音楽の作り手のみんながみんな
趣味で作ってるわけではない。
自分にとって素晴らしい作家が見返りがないことによって作るのを
やめてしまったら悲しいのでちょっとでも応援したいものじゃないですか。

paypal ショッピング向けアカウントの登録方法
https://www.paypal.jp/jp/contents/start/account-shopping/ …

さて、そんな話しのあとになんですが、


廃盤のままだった suppa micro pamchopp の2003年のエレクトリックなアルバム
『obake』(13 track)も新たにbandcampでダウンロード販売はじめました。

『obake』の音はとてもエグい。
当時の私は、録音段階でもミックスダウン段階でもリミットオーヴァー気味な傾向にあり(常識を無視するかんじがパンクでいいと思っていた...)、
それを更にマスタリングでもコンプレッサーかけまくり、
音圧はすごいことになってます。
俯瞰するとその音圧面では時代を反映してるアルバムなのかもしれません。

でも、音楽的な内容は、
『obake』に限らず他のどの私のアルバムについても言えますが、
作った時期や発売された時期の時代を感じさせるような当時の流行りの音楽性は
私の音楽にはほとんど反映されてないかもしれません。
が故の時代を超えたスッパ節というものをキャッチ&ジャッジしてもらえたら、
と切に願っています。
時代の中にありながら、時代と関わりながら、
その時代のその時にも未来にも問いかけが出来る作品。
自分の作る音楽アルバムはそうでなければいけないと思ってます。
どうか聴いて下さい。↓ そして気に入ったら買ってください。

https://suppamicropamchopp.bandcamp.com/album/obake 

他のアルバムも合わせて、今回日本円設定に変えてみました。
4枚とも1080円です。

【bandcamp of suppa micro pamchopp】
"menomae ni attayo"(1998)
"kaeru ni aete yokatta"(1999)
"goo"(2000)
"obake"(2003)

✰ These are my initial work collection.
I am confident that it is a sound that can create a ripple enough even in the current era.
Please listen to this absolutely.
And, please buy it if you like.



 

 

【ミックスします(音楽を作ってるみなさんへの語りかけです)】


多重録音物のバラデータを送ってもらっての曲単位でのミックスのお手伝いします。
バランス、音のなじませ、不要要素の見極め、アレンジ提案。自力ミックスに不満を感じてる方、落としどころが見定められない方。
マスタリング手前のトラックの混ぜ方、重要です。一度一曲、試してみませんか?

ソロにせよバンドにせよ「作曲→多重録音→ステレオミックス」という過程までを自主で行い、商品化するにあたって最後のマスタリングを著名なプロのマスタリング師に依頼する。
そんなケースが今の時代では多いかと思います。
しかし、マスタリングの段階での大きな変化はつけようがないものです。
何か他に違う良い音像バランスの可能性があり得るんじゃないかと思う場合にマスタリング作業でそれを望むのはオカド違いでしょう。
そこで、もしもあなたが私スッパの感覚を信頼おけると思ってくれてたり、興味を持ってくれている場合、1曲お試しでバラデータからの別mixを任せてみませんか?
感性重視の私なので、私の感性を信用してる人にしか現状はおすすめできませんが、他人の視点を1曲にでも反映させてみるとそれだけで突破口が見えてくることは往々にしてあると思います。
曲のステレオマスターのヴァージョンというのはいくつあってもいいと思いませんか?色んな人に頼み比べたりすることは、最高なアルバムを完成させる近道かもしれません。
私はマスタリングよりもミックスの出来映えの方が曲の命を決めると考えています。

各トラックを
頭を揃えて書き出したWAVEデータをファイル便やGoogleDrive共有DLなどを利用して送ってもらい、基本的には遠隔でのやりとりで完成させます。
どうしてもスタジオに立ち会いたい場合は来ていただいても構いません。
東京都小平市のレコード水越オフィス(兼スッパスタジオ)は、JR国分寺駅からバスで15分位の場所にあります。 

お値段は応相談です。

お問い合わせのメールは suppasuppa@gmail.com まで。

先日ミックスダウン&マスタリング担当させてもらったある件では、
数曲に対して「好きなように」との注文だったので、自分だったらこうする、という体で実際は実験しまくり、勝手に音消したり、全然感触を変えたり等、過激に遊び放題いじらせてもらって、ミックスというよりはremixしまくったんですが、非常に喜ばれ、全て採用された、という実績もあります(笑)
もちろん要望にはベストをつくしてそれに近づけます。
理髪店などで「好きなようにきってください」というと嫌がられるものですが、レコード水越(スッパ?)の場合は、そちらも喜んで腕奮って提案的ミックスをします。

 

<でたらめ音楽教室個人授業>という個人授業を私は時折やっている。

内容は様々で、生徒さんの求めてることによって全然ちがう講義をする。

先日のでたらめ音楽教室個人授業の生徒Tさん(約60歳)は言った。


「俺くれーな歳んなるとよー、みんな新しいことしたがらねぇーんだけど俺は逆なんだよ。新しい楽器使ってよ、メッチャクチャをしてーんだ。やりたいことはまだ沢山あんだけど、順序があるからよ。まずはスッパさんに教わりながらRolandだよ。」


「糖尿病んなっちまったし、もう元気でいられる時間はたいしてねーからさ。その前に目一杯自由に音で遊びてーんだよ。みんな呆気にとられると思うよ。でも、こんなじじーがいてもいんじゃねーかと思う。決まり切った音楽が嫌いでよー、もうホントにメッチャクチャをやりたいんだ。好き勝手さー。」


Tさんは携帯電話もパソコンも持ってなくて、他県の山奥で猫6匹と暮らしていて、音を鳴らせるモノも一切持ってない。

Tさんには中古のRoland MC303とシンセモニターやケーブル類購入のアドバイスしながらの付き添いとレクチャーするという内容の<でたらめ音楽教室個人授業>だった。4月18日には自らの企画イベントででたらめなライブをするらしい。


楽器屋さんでKORGの4万するシンセを悪戯な顔でメタクタに試奏するTさんはとても愛らしくもカッコ良く、出した音も素晴らしくて、Roland MC303より絶対KORGの方が自由に演奏できると確信しましたが予算オーバーだし、電子スッパライブのMC303の音に感動しての指名だったから胸に止めた。


Tさんへの授業の翌日に私は、MC303の後継機種(といってもどちらも90年代のオールインワンシンセ)であるMC505を使ったライブをする予定があった。

MC505でのライブは毎回が即興演奏ではあるのだが、いつもそれなりにかつて試して面白かった手法を忙しく駆使しようとしてしまう。いいところを見せようとしてしまう。エンターテイメントとしては何も悪いことではないのだが、私は本来、その場で新しいやり方を発見していきたい タイプなので、いいところを見せようとしてる時には自分に負けた気分になってしまってライブ後の反省も長引き、スカッとできない。
Tさんのピュアな姿勢に圧倒的な正しさを見た私はきちんとそれを反映させたライブがしたかった。しかし、初心に還るというのは口で言う程簡単ではない。工夫が必要だ。
笑点のテーマで ♬ぱっぱぱぱらりら、ぱっぱ♬ の後に " ぱふっ!" って鳴るあの楽器を今日は手元に置き、演奏中強迫観念的な動作に自分で気付いた時にぱふぱふ鳴らして自分に警告する、とMCで前説した上で実際その通りにした。
結果は上々で、ユーモラスな形で不自由さを度々軌道修正できて、それがお客さんにはドキュメントとしても楽しめたという。。
非常にスカッとする面白い演奏ができたのはTさんのおかげだ。
Tさんありがとう。


昨年年末から構想していたレコード水越のコンピレーションアルバム。
最初から海外アーティストメインで考えていたが故、交渉用英文などなかなか作るとこまで進めずにいたら年も越し、風邪ひいたついでにゆっくりしていたらもうすぐ2月。
 個々のサウンドクラウド利用アーティストにオフィシャルにコンタクトとって既にフリーダウンロードで発表済みの楽曲をレコ水コンピのスペースでもまとめてフリーダウンロードできるようにする無契約型計画だった。
しかし、サウンドクラウドには「プレイリスト機能」というものがあり、それを使えば、無許可で勝手に全サウンドクラウドユーザーの曲から自由に曲をピックアップし、コンピ的な聴かせ方が簡単に出来ることを盲点的に見て見ぬしてたところが急に見えて、急遽プレイリストとして昨夜選曲して発表したのがコレ。  ↓

https://soundcloud.com/suppasuppa/sets/soft 

‘record mizukoshi compilation vol.1 soft electronic’

私が選曲した世界中のサウンドクラウドフレンドからのほのぼの電子小曲達のプレイリスト。短い曲ばかり。ぼくは別に「ほのぼの」だけが好きなわけではありませんが、今回はそういうムードをテーマにしてます。短い曲っていいですよね。
レコード水越 コンピレーション...というか、レコード水越「勝手に」コンピレーション。
結構サウンドクラウドでは時間の経過とともに、退会して聴けなくなる人、削除されて聴けなくなる曲、増えていきます。今回も束ねたいと思ってたけど無くなってる曲沢山ありました。そうこうしてる間に曲数は減っていくかもしれません。
アンラプランチンもシンパもライトタウンもレッツもストレンジトーイもジョニーリッパーもジュリアングローボスもミスターペテも、僕にとってはここ数年みな馴染み深く聴いてる海外のミュージシャンばかり。流しっぱなしで聴いてると、全部同じ人じゃないか?っというかんじがするんじゃないかと思いますが、全部違う人です。suppaっぽいと思うかもしれませんが、suppa曲は入れてない。国もまちまち。 あえて似た系統のかわいいかんじの曲を束ねました。Childisc的といえばChildisc的ですから、Childiscが好きだった方には安心感のある懐かしいかんじかもしれません。 16曲のアーティストの内日本人はガンチャン1組のみ。全てここ3年以内の曲です。 

特に今、機材やソフトを駆使して曲を作って沢山の人に聴いてもらおうとする場合、今流行ってるテイストを汲む形でアピールしないと評価されない、という強迫観念で制作に向かう人は多いと思います。その方向に向かうと、どうしても刺激重視になり、ピュアな響きからは遠ざかっていくものです。 
無理してかっこいい音楽を作ろうとしなくても、素直な態度で作るとこんなかんじにソフトで空間が埋め尽くされない気持ちいいかんじになるんじゃないかと思います。 新しくなくたっていいじゃないですか。 (私が作る音楽自体はソフトさを装ってかなり先行ってますが^^)
「ヤバい!」って言ってもらわなきゃはじまらない なんて、悲しいスタンスじゃないかな。
私はヤバい音も、そうでもないものでも、なんでも、良ければいいんです。
特に流行らせたい気持ちやこうだろ?といいたい気持ちはないんですが、この [ソフトエレクトロニック]って言い方で並べさせてもらってる音達には、テクノ・エレクトロニカ・フォークトロニカ・ポストロック・クラシカル・ヒップホップ・アンビエント...等のジャンルカテゴリーが似合わない音じゃないかと思います。
さりげない余白のある音楽 っていうのは、生活に疲れた耳には重宝されます。
それら余白のある音楽は、プロよりもアマチュアに近い作り手の方がより産み出し易い。
 そして、余白のある音楽の価値というものに音楽の未来は秘めらているようにも思います。
余白の見せ方・聴かせ方 に向かって行かない未来ならそれは暗いのではないだろうか。
余白が増えれば過剰な表現の価値もまた高まるというものでしょう。

終のコピー

よかったら聴いてみて下さい。
 

さて、本日1/16から「pip pup gii」100枚限定新パッケージリマスター盤の販売をスタートしました。
昼、レトロ印刷さんからブツが届く。
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今回、ハトロン紙という、紙フェチにはたまらない、裏側の透けっぷりが素敵な白い、ツルツルあんどザラザラの特殊な面白い紙を選びました。カラフルな色が透けて見える効果も面白いんだが、今回は渋く、ツルツル面を金色1色、
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ザラザラ面を黒1色 という遊び抑えめのやりすぎない感じで設計しました。
真っ白面に金色のみで歌詞が羅列印刷されているだけなら確かにジャケットビジュアルとしては寂しすぎるかもしれないが、裏側の黒が透けているかんじがハトロン紙だからこその奥行きを感じさせるだろうと見込んでそうした。pip pup gii というアルバムタイトルとsuppa micro pamchoppの手書き白抜きの文字を逆さにレイアウトしたことで、うっすらと読めなくもないくらいがいいと思った。
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光に透かすとほら、こんな風にタイトルとわたしの福顔が浮かび上がるというわけだ。顔の表情は計算してたより読み取れなかったがそれもまあ都合がいい。
このB5サイズのハトロン紙を、半分に折り、更に正方形になるよう下部を裏へ折り込む。CDは上品かつ最小サイズのソフトケースに入れ、それをハトロン紙で包み込み、更に丈夫かつジャストサイズの透明ポケットへ。仕上げに金色の上質な紙の棒?を表に斜めに忍び込ませて、完成。。
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こちらが表。
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こちらが裏。
折り返された部分は13曲の曲目とクレジット系情報や口座番号・電話番号・メールアドレス・値段に加えて、注目して欲しいのは指紋も押してあるとこだ。これ、新しくない?
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金色の異物は真っ直ぐだとはかぎらない。
この金色の異物になんの意味があるのか?ときかれても素晴らしい答えの用意はないが、
ちょっとモノとしてぼこっとして、ないよりあった方が綺麗だし嬉しい気がするから というかんじです。

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全ての歌詞を見るには透明ポケットから出して新聞のように拡げないといけないが、7割りくらいは拡げずとも読むことができる便利さ、それでいて気持ちのいい見かけになるならば大成功だろうと考えていたので、自分ではなかなか気に入っている。
前回の「わたしはオルガン」のパッケージデザインもかなり頭使って工夫して、面白いものにできている自負があるが、組み立てにかかる時間は相当であるので、今回は値段を1500円とお手頃に抑えて、その分、組み立ての手間が「わたしはオルガン」よりも前「ピップパップギー」手書きパッケージver.よりもかからないようにデザインできてるところが素晴らしい(自画自賛)。
単品注文だと送料込みで1600円です。
が、もし、まだ「わたしはオルガン」も「ピップパップギー」も両アルバムともゲットしてなくて、なおかつ興味はとてもある、、というような方には、
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【レコード水越ALBUM&POSTCARDフルセット】
のキャンペーンも設けてます。このフルセットでご注文いただくと、suppa micro pamchopp「わたしはオルガン」と「pip pup gii」にオリジナルポストカード5枚がついて送料込みとサービスしさせていただき、4000円にしちゃいます。このセットの申し込みで一夜にしてスッパマニアに変身できちゃう(笑)
振込払いの場合、翌給料日払いか、翌々給料日払いでも結構です。注文メールを確認し次第先に商品は発送するサービスをしてます。
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なおかつ、今ならセットでもセットでなくとも、上に写っている、レコード水越がデザインした神楽坂の楽しいノイズスナックnotremusiqueのショップカードも同封してます。
ぜひぜひ、セットでも単品でも、ご興味あればご注文ください。
suppasuppa@gmail.comまで。
東京の、国分寺駅前・一橋学園駅前・花小金井駅前まででしたら、いつでもメッセージ確認後20分で出張販売もできます。遠慮なくお呼びつけください^^

ミックステープを聴いてもらえることも嬉しいけれど、やはりどうしても一番聴いて欲しいのはなんといっても自分のオリジナルアルバムです。
わたしが作る音には必ず"提案"があります。音を楽しむ人全てに対しての。 それは何年も発見されない類いのものかもしれなくて、そういう部分を人は”不思議”と感じるのかもしれません。







 

昨夜、100枚限定盤pip pup giiのデザイン原稿をレトロ印刷さんに入稿した。
100枚は少ないかもしれないが、完売したら都度デザインを改良しながら再発注すればいいじゃないかという考えでいる。レトロ印刷はシルクスクリーン的な印刷なので仕上がりの予測がつき難い分、クリエイティブなギャンブルのようで楽しく、実験的な入稿の経験を多く詰んで、グラフィックデザイナーとしても力をつけていきたい気持ちもあり。

アルバムリリース というと、流通通した全国発売でないと公の規模でないかのようで、確かにそれはそうだといえる。
ピップパップギーは手売りのみで1000枚以上販売しているが、業界的にはリリースされてないも同じである。
であるならば、初回の収録曲やデザインを定形として維持させる必要は、あるようでいて、ないともいえる。そうでなければならないという思いはただの思いこみであるのかもしれない。
個人商店は日々、より良いサービス、内容の洗練を試みて変わっていかねば存続できない。
なので、アルバムの内容も曲順含めかなり変えました。チェーン店展開のない小さなパン屋さんがヒット商品をより美味しく改良しました みたいに。
まず、今まで15曲収録されていた内「珈琲」「ばかみたいだ」「1+1=」「たおやかになおれ」の4曲をカット。
そして今まで入れてなかった曲「もじゃもじゃ」「しらんぷり」の2曲を追加。
計13曲入りのアルバムに衣替えする、、というか、生まれ変わる。

通例だと再発やリマスターというと、ボーナストラックが追加され、曲数が増える傾向のものだが、私の場合は減らす方向性だ。
より凝縮され、気持ちのいい時間になると判断してである。
前のバージョンのアルバムを持っている人の中には、カットされた曲が好きだったのに...という念を抱かれる場合もあるだろう。しかし、そんなに前のヴァージョンを持ってる人がまた買ってくれるとも思えないし、買ってくれたとしても、良くなったと思ってもらえると信じているし、前のverは前のverの価値があり、どちらも重宝してもらえることと思う。

音も自己マスターリングではあるが、音質やタイミング、微妙なフェイドアウト調節等、全曲やり直している。
というか、白状すれば、前のverでは、自己マスターリングもしなかった。出来ていた曲をいい並びに並べただけだった。
もちろん、通して聴いて作者としてなにも問題を感じなかったからだし、猫も杓子もマスターリングで音を立派にしてもらう みたいな発想で外注マスターリングしているまわりの作家やバンドの傾向に対しての批評的な立場で無マスターリングのまま商品として売ることに意義があると思ってのことだった。
実際、前後の曲に違和感感じるようなヴォリューム差が特に気にならないならマスターリングなんて本来必要ないのだ。作者が満足するトータル時間で自己コントロールができていて、各曲同士が統一性のあるミックスアウトに、たまたまでもなっているなら、その時代にメジャーから発売されるCDの平均的な音圧に合わせることをしなくたって誰かにあきれられたり非常識だと怒られる筋合いはない。
売る為に売り手主がアーティストに市場に合わせたマスターリング等を強要するのは有りだが、アーティスト自身が売り手ならば、自分が納得してればそれで充分なのだ。
今回は、発売して1年半経過する中で、じわじわと感じとれてきた作者としての違和感を解消するためにリマスターリングした。
自分の家の環境だけではなく、複数のライブハウスで爆音でかけてみたりもしてきた中で、発覚したアンバランスな部分とか、ちょっとでも解消させてあげたい。極端だった要素を穏やかになめす という感じのマスターリング。
作品と共に成長していくレコード水越、、我ながらナチュラルな態度だと思う(笑)
スッパのマスターリングはちょっと変わってるかもしれない。よりモコモコさせたり、低域をカットしたり、ほとんど時代逆行型であるから(私のマスターリングをご自身の作品に施したいという方は連絡ください)。

新ピップパップギーは値段設定も変える。
前のverは0円設定、後払い投げ銭式、というイレギュラーな方式をとっていた。
これははっきりいって大成功で、このやり方により私は1年以上生活を賄えた。
希望支援価格は2000円としてたので、やはり平均して2000円で買ってもらっていた。
しかし、手書きオリジナルアートワークは正直言って骨をおる上、付加価値としての2000円が日に日に説得力を失いつつあるようにも感じていた。出世払い方式をその場では喜んでもらえていても、結局は借金を抱えさせてるということと同義だから、未払いが故に私に顔を合わせられずにいる人が多少でもいるとしたら、それは必ずしも素晴らしいこととも思い難い。。
CDの収容ケースなども日々販売終了やら価格高騰やら、資材の変更にも対応していかざるおえず、フォーマットキープに拘ろうにも一筋穴とはいかない。
あと罪悪感を感じていたことに、うたものアルバムなのに歌詞カードをつけてない という事実があった。ネットで読めますから とは言ってみても、やはり折角フィジカルでCDアルバムを買ってもらってるのに歌詞はネットで、、というのには自分でも内心矛盾を感じていた。
なので、今回の新パッケージでは、大胆なビジュアルで(お楽しみに!)歌詞を掲載し、価格は1500円に改定。
表記的にも今まで日本語にこだわってきたが、その意味もナチュラルに失ったと感じてるのでこれからは英語表記でいきます。

1/16から販売開始です。
これを機会に「ピップパップギー」を未だ持ってなかった方はぜひご注文下さい。
前verを持っている方でも、新収録曲と歌詞カードのためだけでも集めて損はないと思います。
ご予約お待ちしてます。

suppasuppa@gmail.com

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大柴陽介が死んでしまった。
いかにも早死にしそうな奴だったが子供3人だっけ?残して逝ってはいかんだろ、ばか。
子供らの母はこれまで以上に大変だ。でもみんなたくましく育つんだろうね。大柴くんの子だし。
彼と僕は仲良しだったかといえば、他の音楽仲間や知り合いと同様に別に普通の距離感だった。自分の演奏の場に彼が居た方が楽しいと思いつく時に彼を誘い、彼は彼で僕のなにかを聴いたら感想の手紙やレスポンスとしてのカセットを送ってきてくれたりして、音楽を通じてだけのさっぱりした関係。父親になってからの彼のことはほとんど知らない。高円寺でバイクで野菜を配送中の彼に呼び止められてちょっと立ち話をする程度だった。それでも大柴くんのことは特別な友人だという気持ちを持っている。
大柴陽介に最初会った時は"バッファロー"と自分を名のった。
2000年の頭頃。涼音堂の企画で知り合ったミロクちゃんに誘われてUFOクラブでのオールナイトイベントに出演した。その時に"音音"というジャムバンドのギタリストとして大柴と初めて出会った。その時の大柴はギターでベースっぽい役割のトランシーな演奏をしていたんだが、僕は大柴君のプレイにすごくしびれた。天才だと思った。その後見る数々のまぬけな要素は全く無く、たまたまだったんだろうが、ものすごくハンサムにグルーヴしていた。フロアで踊ってたのは僕と現ミッシング箱庭の木村さんの二人だけだったような気もするがムチャクチャ踊れた。帰り際に「ものすごくかっこよかったですよ」と声かけたら、ヤンキー座りしてたヤツは文字通り漫画のように飛び上がって「マジで!!?」と喜んだ。
その後4年くらいはよく自分のライブに参加してもらった。まだ僕はまともな歌は歌っておらず、TAKAのドラムと自分のスキャット&エレキギターの即興パンクなスタイルでライブに挑みはじめた時期だった。プラス、音音の大柴・田崎まんざぶコンビとDJクミコ(現DJミステイク)とayayaと加藤吉樹とイトーヒデノブと宮下ともたけ、という面子が自分の中では”クエスチョンナゾバンド”という認識。大柴はナゾバンドでは"アブラ虫35才"と名のっていた。アブラ虫は表向きには激しくディレイをかけるトランペット担当だったが、実際のポジションは本番になにかをやらかす爆弾担当と言えた。面白いから自由にさせていたが注意してないと火をつけようとしてたりするのでそんな時はギターのネックで思いっきり頭をゴンとやって制止した。「痛て!!」と頭をおさえる時のちょっと怒って、でも痛そうなあの顔、何度もさせちゃったな。そして、制止できず大変なことになったこともあった。それについては、まーいいか。
アブラ虫35才の阿呆でスパイシーな音が沢山収録されたアルバム「スッパとクエスチョンナゾバンド」はChildiscから2001年に発売され、今でも連絡くれれば私から購入して聴くことができる。主に名古屋とヨーロッパで人気のあるファンキーな盤である。
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大柴くんはひねくれたことをするがとてもピュアだった。とびきりの阿呆だけど邪気が一切なかった。いや、あったのかな?人の表現には嫉妬することはあった。
大柴
人に迷惑をかけちゃうことも多いが、こころ優しくいつもふざけて笑顔で自然体で、かっこわるかったりかっこよかったりの愛すべき音楽人大柴。情けなーいありのままの表現が時としてえらいかっこよかった。本人は常に純度の高いオモシロさを求めており、その為だったらなんだって躊躇無くヤッた。予告なしに。。
大柴くんが一時期主催してがんばっていた自主CDレーベルの名前は「オーラカンパニー」という。オーラがどうのと言うやつは良くも悪くも純粋である。腑に落ちるネーミング。
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オーラ jpg
oosiba
この頃は"yo-ohshima"と名のってたね。

お通夜も葬儀も好きじゃないから僕は行かない。大柴くんがスッパの「まわり道」という曲を気に入ってくれていて、あるときカセットかMDかで勝手にカヴァーしてくれた音源を送ってきてくれたことがあった。それをまた聴きたくて、明日あたり探して聴きたいと思ってる。

"大柴陽介"という人間は凄い作品だ。これからもいつでも思い出せばニヤニヤさせてくれるんであろうから。僕だけでなく大柴くんに触れたことのあるきっと全員を。
それはすごいことでしょ。

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